いろはに金平糖ちりぬるを

読んだ本・見た映画の備忘録

『面白いほどわかる!クラシック入門』

『面白いほどわかる!クラシック入門』松本大輔

音楽の入門書は聞きたくなってナンボ、という基準を仮に設けるならこれはかなり優秀なガイドブック。

クラシック音楽を聞いてみたいけど何から聞いたらいいかわからん…という未来永劫クラシック興味持ち始め人間が行き当たる悩みに「とりあえず交響曲を聞いてみましょう!!クラシックのど真ん中は交響曲交響曲を聞けばクラシックの歴史も辿れるし、その他の部分もわかってきてクラシックのことがわかる!」とでっかい声で答えてくれる。とりあえずはその方針にのっかる形で読み始めると、そのうちに、遠くに霞んで見える山に登りたいけど登山の仕方がわからない…という状態だったのが、ドーナツ屋で今日はどれを食べてみようかなと悩む程度になる。そういう本。

なんといっても著者はクラシックを聞こうと思い立った初っ端で挫折しているし、その時にも一応50回は「運命」を聞いてそれでもわからなかったという。その後にB面の「未完成」を聞いた時にも常に部屋に流れてるくらいかけ続けた結果なんとなく「わかる」ようになり、その後も難解な曲に当たるたびにとにかく繰り返してみて、ダメなら置いてみて他の聞きやすいものを聞いて、また戻ってみたらなんだか「わかる」ようになって…というのを繰り返したらしい。かなり忍耐強いというか、挫折した後にこんなに粘ってもいいんだという不思議な勇気が湧いてくる話である。

そもそも兄弟で「なんか大人っぽい音楽を聴きたいから」とお小遣いを出しあって、お金を握りしめてレコード屋に向かうという『てぶくろをかいに』的な冒頭のエピソードがかわいらしすぎる。初めて買ったベートーベン交響曲第5番「運命」で見事に挫折してしまった時の、買った時の喜びと期待あふれる感じから最初に挫折するところまでのエピソードは本当に微笑ましい。当時の本人たちは大ショックだったと思うが…。

兄弟でこの曲はこうやったら楽しく聴けるんじゃないか!?とか、この曲は「わかる」んじゃないか!?いい感じじゃないか!?と試行錯誤して、たまに「おい……」となりながらもいろんなものを聞いてどんどん進んでいき、そのうちに昔わからなかったものがなんでかわかるようになったりする、というのはクラシックに限らずこんな風に何かを好きになって付き合えたらな、と憧れる話でもある。

本全体のつくりは三章仕立てで、第一章が著者の体験談をベースにした一人称の鑑賞記、第二章は長い時間のスパンで見た歴史の概括、そして第三章では 交響曲の勢いがなくなりつつあった時代に書かれた交響曲について。第三章にはマーラーとかブルックナーなんかが出てきて、交響曲衰退期の作品であっても作品自体の質が落ちたわけではなく、むしろ素晴らしい作品は本当に素晴らしいんだ!!!というのがビシビシ伝わってきて私はこの章が一番好き。ほとばしるエネルギーというか、けっこう好き勝手と言っちゃ失礼だけどこの人はこの曲を聴いて心からそう思ったんだなというのが伝わってくるし、そういう文章が結局読んでて面白いんだよね。ブルックナーについては本当に意味わからん気持ちになったのがありありと伝わってくるのが面白すぎて上級者向けと書かれているのに今すぐ聞きたくなってしまった。
合間合間に入ってくる交響曲以外の曲の解説も興味をそそるし、全編「これ聞いてくれや!」という押し付けがましさがなくとにかく楽しそう!と思わせるところに留まっている文章の付かず離れず感が信頼できる。入れ込んでる人の話は当てにならない時がけっこうあるからな〜…と思っている人間にとっては、これくらいそういうところから距離を取っている本が1番助かる。