いろはに金平糖ちりぬるを

読んだ本・見た映画の備忘録

2020年に読んだもの

面白かったものも、そうでなかったものも、なんとも言えないものもあった。

 

『快適生活研究』金井美恵子

建築家Eさん、長手紙のアキコさんの2人のストレッサー具合があまりにも凄くて、『古都』が挟まれなかったら窒息死していたかもしれない。いやこのタイミングで挟まれて良かった。自覚のない自意識の垂れ流しと自分もこんなかもという恐怖で締め上げられるような気分だった。しかし進むにつれて登場人物たちがいい感じに2人への悪口を言ってくれるから嬉しくなってしまって、私は結局快不快だけで小説を発言小町を読むように読んでるんだという事実が辛いが……快適生活研究じゃん(快適とは外敵を排除した気持ちよい状態ってあとがきに書いてあった)。
面白く読んだと思うのだけど、あまりにもよゆう通信とアキコさんの手紙がきつすぎて、どれくらい面白いと思ったかよくわからない。とにかく金だな……という気持ちになったというのが正直なところ。人格って自分では認識し得ない恐ろしいものなのだと再確認させられてうんざり。『春にして君と別れ』以来こういう気持ちになった。いや〜これ平気で読める人は強いね。えらい。きっとお金をきちんと稼いでいて自分の人格や人間関係、生き方に自信のある人なんだろうなあ。

 

『大吸血時代』デイヴィッド・ソズノウスキ/金原瑞人

とにかく本を読んでると思いたい時期に読む本じゃなかったかもしれない。物語を楽しむというよりとにかく読んだ事実が欲しくて走ってしまったから。というか、正確にいうと走るような勢いで読み終えたことが、単に読んだ事実が欲しいからか、この話があんまり面白いと思えなかったからとにかく読み終えちゃおうという気持ちからきたものか分からない。
訳者後書きにあるように、吸血鬼ものは現代ではしゃぶり尽くされたジャンルで、吸血鬼×○○(任意のジャンル)というのはやり尽くされている。もはやジャンルの掛け合わせによるおかしみを楽しむのはかなり厳しくて、ジャンル内の描写の細かさで多少の興味をそそるくらいしかできないのではないかな。そういう意味でもこの小説はそんなに面白くはなかったような。もちろん永遠の命を持ってる吸血鬼の男と成長して死ぬのが前提の少女の間にある違いが可視化されるさまや、主人公が娘に振り回される様子は面白くはあるんだけど、それにしては年単位の話がさらさらーっと流されてて目立つトピックで各章のお話を立ててるだけって感じもする。この小説、ほんとあっという間に娘が育つんだよな…そしてその成長の感慨を特に感じさせるでもない。いかに娘の成長を理解していないかが物語の重要なキーワードではあるんだけど、それにしたってその理解してなさがもたらす話が軽すぎるというか……終盤に向かうにつれて何もかもがあっさりと解決するので肩透かし、というのが今感じてる気分に一番近いかも。とにかく、細かい描写から物語全体が最後に収束する地点まで、すべてのレベルにおいて「だから?」という感じになってしまうというのが正直なところ。
しかし翻訳物を読んでると時々出くわすんだけど、説明不足というか、主人公の情緒や物語の展開に全くついていけなくて???になってしまうことがあるな。この本でも時々そういうのがあって、それが自分が物語が描かれた背景や常識について無知だからか、あんま興味を持って読んでないから読み落としがあるのか、単に省略された文章の楽しみ方を知らないのか、その全部なのかよくわからない。そしてよくわからない部分があることに向き合う熱意も持てないままさらに急ぎ足で読み進めてしまった。
なんつーか属性と属性のというか、ジャンル同士の掛け合わせものは年単位で爆発的な数が生まれてものすごい勢いで古びていくので、この物語は2020年ではなく訳者後書きにある2006年に読むべきだったのかもしれない。私は2006年なら多分今みたいな気分であーはいはいギャップ萌えの亜種ねとは思わずに読めた気がする。

 

『大人にはわからない日本文学史高橋源一郎

なんか……なんか分かりにくい!多分そんな難しいこと書いてないんだけど、なんでこんなに頭にもやがかかったような感覚になるんだろう?ときどき、あーそれはわかります。そうですね、とか同意できるかはわからんが仰ることはわかります、となるのだがまたすぐにフワフワした話だなあ…?と思うようになってしまう。共同体という言葉の使い方がどうもよくわからなくて…要はその時代のその人が、そのときのメジャーな見解や前提として所与のものとして持っているものの見方、ということで良いんだよな?
しかし後書きで講義をもとに書かれた本だと呼んでこのモヤモヤ感は氷解した。講義がもとなのかー。

 

『なぜか、わたしたちは、口語の方がわかりやすいと考えています、そして、そのわかりやすいことばを、わかりにくい内面から発するのが人間である、とさえ思い込んでいます。だが、それは、誤解なのではないでしょうか。ほんとうは、わたしたちが、ふだん口にしていることばは、きわめて微妙で、あいまいで、わかりにくいものなのではないか。その事実を、書きことばである小説は、隠蔽してきたのではないか。』

 

まさにその通りで、柔らかい口語調で書かれたこの本は本当に本当に読みづらかった。話しているのは従来の形式ばったものとは違う文学史ということなのかな?とも思うが(語るだけでそこには形式が生まれるのではないかと思うが)、しかし何がどのように書かれているかを見極めようとする姿勢に対して使われる言葉があまりにもふわふわしていて捉えづらくストレスが溜まった。
講義を書籍化したものだと、こういう内容は良いのに読みづらくてたまらんというやつにたまに出くわす。話の間合いやニュアンスが取りこぼされてる感じがして、何か言いたいことがあるんだろうが……何なんだ?はっきり言ってくれ、と思ってしまう。

睡眠不足や運動不足で私の頭が鈍っている、また、そもそも頭が悪くて理解できてない、前提になる何か大切な情報を知らない、読解力不足で読み落としている、といった可能性もあるのでそうならすみません。

 

『バイエルの謎』安田寛

うーーん調子を崩していた時に読んだからか、どうも内容が追いづらかった。文章がちょっとだるいかな……。なんかいきなり海外に飛んで、行った先で何の成果もなく終わって帰国…みたいに調査が行き当たりばったりすぎたり、著者の論理展開によくわからないところがあった気がする。読み終わった側から記憶が蒸発してしまってはっきりしないけど。調査ってそんなもんなの?自分の説の検証のためにあちこち足を伸ばした挙句に若手修習生がネットで簡単に著者が求めていた楽譜を探し当ててたのは笑ってしまった。物悲しいとも言えるが……。基本的に著者の熱意を鑑賞するスタイルで読むのが良さそう。

 

黒死館殺人事件小栗虫太郎

読んだぞ!という気持ちでいっぱいになった。

 

『定本 黒部の山賊 アルプスの怪』伊藤正一

面白え〜!!!実際のところ山賊ではないんやな。山で暮らす人たちが里の暮らしぶりと違いすぎるだけで。その辺の里と山の暮らしの違いが近代国家の制度とどう噛み合わなかったかという話を山林管理を任されてた話と併せてもっと読みたかったけど、その辺は触れられてなくて残念。黎明期の混乱と活力に溢れた様子ってどんな分野の話でも面白いよな。昔は山小屋にしか在庫がなくてこの本を買うには山に登る必要があったという噂もあるけど、今は電書で読めて助かる。

 

伊豆の踊り子川端康成

収録されてる「叙情歌」が気持ち悪すぎてびっくりしたけど(というか全体的に精神世界にいってて今読むにはしんどい)この気持ち悪さを通せるセンスの良さは感じる。

 

ハーメルンの笛吹き男』阿部謹也

幾度とない挫折の後についに読み終えた…。中世ヨーロッパについて何も知らない状態で読むのはなかなか厳しいけど、それでも面白く感じるところは少なくない。学説の紹介・検討も面白いけど庶民のありようを描いた箇所と、シュパヌートの研究について書かれた箇所が特に興味深い。市井の人への誠実さが感じられるというか…石牟礼道子が解説を書いていて、その文章もなかなかすごくてそこだけ読むのもいいかもしれない。

 

『〈新釈〉走れメロス森見登美彦

帯の“森見作品の見本市”という言葉がこの本の内容を正確に表している。もちろん悪いというのではなく、ああこの人の作品ってこうやって同じ名前の人が現れて色々な物語を重ねるのねと了解できるだけでも価値はあるし、この本一冊の中でも同じ京都の大学生たちが少しずつ登場する位置を変えながら姿を現し続けるので読むうちに複合的な視点が生まれる面白さがある。

 

『夜行』森見登美彦

想像したよりずっと不気味で怖い話だったが終盤で主人公の世界が反転すると恐怖感は一気に薄れて、爽やかに終わる。結局誰が失踪したのかはよくわからなかったが…勢いよく読んだことと、物語内の理屈をあまり丁寧に追う能力がないので理解できなかっただけかもしれない。まあでもその辺はあまり問題ではないんじゃないかな、絵を通して二つの世界を行き来しただけでどちらかで生きてる人はそれ以外ではいなくなってるというような話なんだろう。あまりそこを厳密に見てどうこういう理屈っぽいデスゲーム系の作品では明らかにないし。版画の説明が気持ち悪くてよかった。

 

『空のあらゆる鳥を』チャーリー・ジェーン・アンダーズ/市田 泉

ほどほどに面白く、ほどほどに現実に接続した舞台設定なのであれこれ設定に引っかかることなくガンガン読み進めることができる。まあギークの人たちの描写があるあるすぎひん?とかはあるけど。気持ちよく読書した気分に浸りたい時にはこういう小説もいい。しかしギークを集めて人類救済プロジェクトみたいなのやってるミリアム、めちゃくちゃピーターティールだな〜と思ったら海上国家まで建設しててまんまでめっちゃ笑っちゃった。他のキャラクターたちも分かりやすい個性があり、最終的にむかつくところが少なく気持ち良い設定になってるな…という印象。心の底から嫌なやつがいない。それを物足りないと取るか構成が上手いと取るかは読む人の好み次第かなという感じ。まあ全体的に思ったより単純な構図の話だな、という感じ。

 

『まどから おくりもの』五味太郎

うーん最高

 

『もう年はとれない』ダニエル・フリードマン

娯楽作として上々。第二次大戦を生き延びたユダヤ人のめちゃくちゃに口の悪いじいさんが、収容所で自分を散々にいたぶったナチのクソ野郎が金塊を持って今も逃げおおせていると聞き、気乗りしないもののヨボヨボの体とボケ始めた頭を抱えて孫と一緒にナチの金塊を探し始める…という大筋だけである程度楽しそうだが、実際楽しかった。最後はまあ、いかにもお話らしい気持ちの良い展開とそこそこほろ苦い締めで、ちょっと考えさせられるところもあるの含めて娯楽作として良い出来、という感じ。ストレートな文章もさくさく読めて心地よい。いかにも含蓄ありますって感じの言葉があちこちに挟まれるのも不快感はなく、年寄りが気持ちだけでも元気に暴れている話は楽しいねという気持ちになる。しかし主人公はいかにもクリントイーストウッドみてえだなと思ったら作中でも言われてて笑った。

 

『アララテのアプルビイ』マイケル・イネス/今本渉

久々に苦しい読書だった。図書館で一ページ目だけ見てそんな難しくなさそうだし軽く読むのに悪くなさそうなどと思ったのが間違いだった。二ページ目からもうわからない。なんでこんなに喧嘩腰というか、情緒不安定で不躾なジョークを飛ばしまくって妙な雰囲気になっているんだ?最後まで読んでもこのノリの答えは分からなかったが…そして猛烈な頻度で挟まれる聖書や詩篇、古典の引用の数々。引用元作品を読んでないからこの引用で示される空気がぜんぜんわからないのであった。まあ基本はミステリーなので、一応殺人事件が起こって犯人探しをするという筋立てに沿って話は進むため、引用のいちいちがわからなくても問題はない。

しかしミステリーとしてもこれはかなり読みづらい部類だと思う。まず物語に出てくる島の地図が描けないと状況についていけない時がある(まあこれはミステリーならみんなそうか)。主人公の思考も掴みづらい時があり、会話シーンで何が明らかになったのかよくわからないまま主人公がそうかわかったぞ…みたいな雰囲気になることも多い。まあこれもどんなミステリーでも起こり得るけど、この作品だともっと手前の部分でわからないというか…。探偵役の主人公と一緒に行動していて読み手に近い立ち位置にいるはずのダイアナもちょっと突飛な思考の持ち主のようで、今そんな話するか!?という物言いをすることがあり、全体を通して落ち着いて自分の心を預けられるキャラクターはいない。強いて言えば文学好きのマッジが比較的落ち着いた態度を貫いているが、この人は単に自分の好きな作品の話をし続ける役どころなのでお話の主要な筋に絡むわけでもないし。
しかしこういう苦しみと共に読んだ本の訳者あとがきで翻訳者も苦しんでいたことが語られているのを見つけた時の喜びは大きい。やっぱりこれって難解だったんだ!私がおかしいわけじゃないんだ!という喜び。江戸川乱歩もこれ雰囲気良かったけどキツかったっすわって言ってたんだな。『ねじの回転』以来の体験だった。